中国人民銀行、人民元を2%切り上げ、通貨バスケット制を導入

1.中国人民銀行の発表内容


中国人民銀行(中央銀行、以下人民銀)は 21 日午後 7 時(日本時間午後 8 時)、為替制度の改革に関する声明を発表した。声明内容の主なポイントは以下のとおりである。

中国における社会主義市場経済システムを改善し、市場の資源配分機能をフルに活用するために、人民銀は国務院の許可を得て次の発表を行う。


(1)05 年 7 月 21 日 19 : 00 より人民元レートを 1 米ドル= 8.11 元とする。
(2) 人民元を米ドルのみに固定するドル固定相場制を廃止し、通貨バスケット制(注 1 )に移行する。

(3) 為替の変動幅は引き続き中心相場の上下 0.3 %とする。

今回の措置により、 94 年(注 2 )以来 11 年ぶりに為替制度が変更されることになった。
交換レートが 1 米ドル= 8.28 元から 8.11 元へと変更されることから、切り上げ率は 2.1 %
(注 3 )である。

2.切り上げ実施の背景

(1) 切り上げの実施について
そもそもなぜ切り上げが実施されたのか。主な理由として以下の 2 点が指摘できよう。


@中国経済のファンダメンタルズ
1960 年代末頃、輸出競争力の向上を背景に日本の経常収支黒字が恒常化する一方、米国の貿易赤字は慢性化した。このような状況を背景に、 1971 年 12 月、スミソニアン協定(注 4 )が結ばれ、円は 17 %程度切り上げられた。中国も当時の日本と同様に、国際競争力の向上を背景に経常収支黒字が 94 年以降維持されており、経済のファンダメンタルズから判断しても切り上げは時間の問題とみられてきた。

Aマネーサプライのコントロール
現行のドル固定相場制を維持していく場合、マネーサプライのコントロールが困難になる可能性がでてきたことがもう一つの理由であろう。固定相場制の下では、基準となっている交換レート(1米ドル= 8.28 元)で無条件に人民元と外貨を交換しなければならないため、外資の流入はマネーサプライ(注 5 )の増加要因となる。マネーサプライが過度に増加するとインフレ・リスクが高まるので、外資流入によるマネーサプライの増加を相殺するために、人民銀は 03 年 4 月以降、国債や中銀債券を売ってマネーサプライを減少させる政策(売りオペ)、いわゆる不胎化政策( Sterilization policy )を実施してきた。 05 年 6 月末時点で広義のマネーサプライ( M 2)は前年同期比 15.7 %増と計画通り伸び率の抑制に成功しているが、市場の債券の消化能力にも限界があることから、不胎化によるマネーサプライのコントロールが困難なる可能性がでてきた(注 6 )。

(2) タイミングについて
なぜこのタイミングで切り上げが実施されたのか。主な理由はとしては以下の 2 点が考えられる。


@ 05 年 1 − 6 月期における大量の海外投機資金の流入
過去数年人民元の切り上げ期待を背景に大量の外資が流入しているが、特に今年の 1 − 6 月期に海外からの投機資金の流入が急増した。この半年で外貨準備は 1,000 億ドル(昨年の 2 倍のペース)増え、 6 月末時点で 7,110 億ドルに達した。 04 年末時点で既に不胎化のための売りオペがうまく進んでいないことが指摘されていたが、この半年の外資の流入規模がこれだけ大きくなると、市場の吸収力にも限界が出始め、事実上不胎化政策の継続が困難な状況となった。

A対米関係の更なる悪化の回避
第二に、 胡?濤 国家主席の 9 月訪米を前に対米関係の更なる悪化は避けたいという狙いもあったと思われる。 05 年 1 − 5 月(累積ベース)の米国の貿易赤字は前年同期比 20.3 %増の 2,840 億ドル計上し、過去最大の年間赤字を記録した 04 年( 6,175 億ドル)を上回るペースで伸びている。そして中国はこの赤字の最大のシェアを占めている。このような状況から 4 月頃より急速に米議会で対中批判が激化し、複数の対中経済制裁法案が議会に提出された。また、経済以外の分野でも米国政府は最近、中国の軍事費の伸びにつき懸念を表明する等、米中関係の悪化が心配される状況となっていた。中国政府はこのタイミング(注 7 )で人民元切り上げを行うことにより、 胡?濤 国家主席の 9 月訪米前に少しでも対中感情を和らげておきたいと判断したものと思われる。

(3) 切り上げ幅について
切り上げが実施されるとすれば、 5 〜 10 %程度と予想する向きもあったが、なぜ 2 %だったのか。中国政府は以下の 2 点を考慮したものと思われる。

@切り上げのマイナス効果の抑制
第一に、切り上げを実施することによって生じるマイナス効果をできるかぎり抑える必要がある。切り上げ幅が大きければ、中国の輸出産業・輸入代替産業が被る打撃の度合いも大きく、そのことにより銀行の不良債権や失業問題が深刻化する可能性がある。

A過度の経済調整の回避
第二に、中国政府は 03 年 6 月以降、金利引上げ等を含めた引き締め政策を実施し、マクロ経済の調整を進めているが、大幅な切り上げにより調整が行き過ぎて経済が停滞するようなことは避けたい。

3 .切り上げの影響

(1) 市場の反応と中国不動産市場への影響
発表翌日の 22 日の市場の反応をみると、香港の人民元先物( NDF )(注 8 )市場では、先物 1 年ものが1ドル= 7.76 元台と人民元の切り上げが発表される前の 21 日の夕刻の水準( 7.80 元台)から急伸、 05 年 5 月 3 日に記録した過去最高値( 7.77 元台)を更新した。1ドル= 7.76 元というレートは今後の中心相場となる 1 ドル= 8.11 元からみて 4.5 %程度高い水準である。市場関係者の間では今回の切り上げ幅が 2 %と小幅であったことから、更なる切り上げが期待できるとの見方が広がっており、人民元相場の先高感が強まっている。円相場は前日 (21 日 ) 午後 5 時時点と比べ 2 円超の円高ドル安水準で始まり、今月 13 日以来の 1 ドル= 110 円台をつけた。他のアジア各国の通貨も軒並み上昇した。今回の切り上げ措置をうけて、人民元相場の先高観が急速高まってきているため、中国の不動産市場に再び大量の外国資金が流れこみ上昇期待が再び高まっていく可能性が出てきた。

(2) 米貿易収支及び人民元レートへの影響
米 FRB のグリーンスパン議長は 6 月 23 日に開かれた上院財政委員会の公聴会で、@米国貿易赤字の背景には投資・貯蓄バランスの不均衡を反映した構造的な要因がある、A中国からの輸入は他の途上国からの輸入に代替されやすい、B結論として、米国の対中貿易赤字が減少しても米国の貿易赤字は減らない、と証言した。過去の日本の例でも 1971 年のスミソニアン合意に伴う円の切り上げ (17 %程度 ) 後、米国の貿易赤字は解消されなかった。今回の人民元切り上げ (2 %程度 ) の米貿易収支への影響も限定的であろう。またこのことに加えて、米政府は今回の人民元切り上げを歓迎しているものの、切り上げ幅は不十分として不満を表明していることから、人民元に対する切り上げ圧力は今後更に増していくものと思われる。

4.  切り上げの今後の見通しと今回の制度変更の歴史的意義

(1) 今後の切り上げの見通し
人民元の価値がどれだけ過小評価(注 9 )されているかについてはいろいろな議論があるが、日本の経験をベースに考えた場合、中長期的にみて以下のような切り上げ幅が一つの参考になりうるだろう。日本の通貨調整期の第 1 局面を 1971 年のスミソニアン合意から 77 年までとみた場合、円はこの期間に名目ベースで 30 %程度切上がった。また、実質実効ベース(注 10 )では 20 %程度上昇した。当時の日本の輸出の GDP に占める比率は 12 %( 1970 年)であったのに対して、中国は 35 %( 2004 年)である。このように中国の輸出 GDP 比は当時の日本の 3 倍程度あるので、通貨の調整幅は 3 分の 1 程度とみるのが一つの見方だろう。つまり、中国の通貨調整期の第 1 局面のあいだに、中国政府は少なくとも名目ベースでは 10 〜 15 %程度、実質実効ベースでは 6 〜 10 %程度の切り上げを許容するものと考えられる。

(2) 制度変更の歴史的意義
今回の制度変更の歴史的意義は以下の 3 点に集約されよう。@まず第一に、小幅ながらも切り上げが実際に実施され、人民元が切り上げスケジュールのスタートラインにのったということ。A第二に、長期的にみて銀行部門の改革などに海外からの資本参加が不可欠であるとすれば、人民元に資本取引も含めた交換性を与える必要があり、その結果管理フロート制へ移行せざるをえなくなるが、今回のバスケット制導入がその方向に向けての重要なステップとなりうるということ、B第三に、中国は 2001 年に WTO に加盟し、国際貿易面でのグローバル化への参加を果たしたが、その 4 年後の 2005 年には大量の海外資本の流入等を背景に国際金融面でのグローバル化への対応も迫られたということ。

注1:通貨バスケット制
これまで人民元は事実上、米ドルだけと連動する形のドル固定相場制だったが、今後は米ドルだけでなく、複数の通貨に連動させ自国通貨を安定させる通貨バスケット制に移行する。

注 2 : 94 年の為替制度の変更
94 年 1 月 1 日より、公定相場(主として貿易外取引に適用)と外貨調整センター相場が一本された。この制度変更当初は 8.70 元だったが、徐々に上昇し 96 年末時点で 8.30 元となった。

注 3 :切り上げ率 2.1 %
通常為替の切り上げ率を出すときは、その通貨の一単位あたりの価値(今回の場合は1人民元あたりのドル価値)の形に直してから計算する。

注 4:スミソニアン協定
1971 年 12 月、ワシントンのスミソニアン博物館で開かれた先進 10 ヶ国の大蔵大臣と中銀総裁の会議により、先進国の為替レートの新たな水準が決定された。

注 5 :マネーサプライ
マネーサプライの指標としてはよく M2 が使われる。
M1 (狭義の通貨)とは M0 (現金)に要求払い預金を加えたもの。
M2 (広義の通貨)とは M1 に準通貨(定期預金等)を加えたもの。

注 6 :マネーサプライのコントロール
公開市場操作の他にマネーサプライの重要なコントロール手段として金利政策があるが、中国の場合、資本流入規制が相対的に緩いため、マネーサプライを抑制するために金利を引き上げると海外資本が流入し逆にマネーサプライが増加してしまうというジレンマに陥ってきた。

注7:このタイミング
7 月 15 日付け Financial Times 紙が米国政府高官と対中制裁法案の提出を検討している上院議員とのやりとりを根拠に切り上げ 8 月説の記事を出したため、 9 月の訪米前かつ意表をつく形での切り上げは 7 月のみとなった。

注 8 : NDF ( Non Deliverable Forward )市場
中国当局の介入が及ばない香港の人民元先物市場。

注 9 :人民元の過小評価の度合い
均衡為替レートを計測し、過小評価の度合いを定量的に把握するアプローチを用いて出された計測事例として、@絶対的購買力平価( Absolute PPP )の考え方から算出された均衡レートからは 75 %程度、A絶対的購買力平価の考え方に所得格差をも考慮にいれて修正された均衡レートからは 40 %程度、B国際収支バランス・アプローチから計測された均衡レートからは 15 〜 25 %程度、それぞれ過小評価されているとの研究報告がある。

注 10 :実質実効レート
通貨の総合的な国際競争力を示す。インフレ率の差で調整した実質レートを貿易量を ウェイトに加重平均したもの。

以上

          

 

 

 







 
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